Magic Trackpad

 今回のMagic Trackpadだけど、夏休みに重なることもあり、私にしてはApple Storeでクリックするのが遅かったアイテム。結局は一昨日手には入って2日間、Magic mouseを使わない生活を続けている。その感想をちょっと書いてみようかなと思ったしだい。
 まあ、Mac Book Pro使っている感じに近いというのが素直な感想かな。30インチ、シネマディスプレー2枚使って仕事している環境なので、ひどく画面は広いわけだけど、デフォルトからポイントの移動速度を1段あげただけで使えている。画面の端から端まで到達する時間もMagic Mouseと大きな違いはない。最後の細かいポイントをするところはMagic Mouseの方が優れていると思うけど、マウスが移動するために使っているスペースの大きさを考えればMagic Trackpadのこのエリアの中だけでする作業を思うと許せる範囲。
 永年の週間でマウスを移動する必要がある時、つい右手がマウスを探すしぐさをしている自分に気がつく。でもその回数も2日目で少し減ってきた。TrackPadでの二本指でのスクロールは、Magic mouseの上をスクロールさせるのと感覚の差はなく、多くのファイルがふくまれたファインダーのディレクトに中をさっと一番したまで移動するなんてのは気持ち良く一発で出来る。
 指で直接さわる、iPhone, iPad, Magic Trackpad共通の事だが、指先が湿っている時はすべりも悪く、汗をかいたコップを触ったあとなどはついズボンで指先の水分を取ってしまう(行儀悪い)。Trackpadも美しいといえば美しいのだけど、なにせ上の写真のようにシンプルな形態、Magic Mouseの造形にはかなわない。

 iTsunesで、「小野りさ」を久々に検索したら、今年の2月にリリースされた「ASIA」があったのでダウンロード、夜来香が今流れている。

 WINE STYLEの方は夏休み明けにまとまった仕事ができていて、懸案項目をいくつか実現した。(CLAIMのコメントの転送、予防接種癧印刷欄の拡充など)、今日はこれからサマリーを独立して扱うインターフェースにトライしようかと思っている。
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追加レポート

Magic Trackpadだが、デフォルトではoffになっている1本指の操作をチェックして1日やってみたところ、なかなか便利だということが分かってきた。1本指でタップするとクリックと同じになるのだが、これはなれてくるとかなり使える。また1本指でのドラッグはこつがいるが、これもなれてくるとかなり自由に目的を果たせる。これをonにしておいても従来の下側を強めに押してクリックという操作も残っているので、テキストの部分選択などは従来の方法を使ったほうがストレスが少ないところもある。1本指でのドラッグの開始はタップしてもう一度トラックパッドを触り移動させるとドラッグになる指を離してタイムアウトか、もう一度タップして終了の二つの終了モードがある。ドラッグの維持の場合は一度指を離しても連続してパッド上をスライドさせるとドラッグが継続され、もう一度タップでドラッグが終了する。
他の指が不用意に触ってしまうと混乱する時がある。

Mac Book でもこれからはこの1本指操作をon にして使ってみようと思う。クリックがカチッとする動きから静かなタップに変わるのはちょっと新しい世界だな。

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SFCでの1日(学生と接する1日)

 在宅ケア情報共有を研究なさっているSFCの政策・メディア研の内山映子准教授のお膳立てをいただけ、SFCに1日お邪魔する機会をいただいた。院生レベル以上の人とは学会や研究会でお話する機会はいままでもあったが、現役学生が学んでいるところに机を並べる機会は無いのでとても楽しみにしていた。

 私の大学生活と言えば医学部って特殊なところなので、大学で単位をとって卒業というより全ての科目が必修で自分で選択して学んで行くという環境ではなかったので、普通の大学生の生活を知らない。

 昼の学食は混むよってことなので、11時半にSFCキャンパスに到着、北ゲートの守衛室前に車を停め、守衛室に立ち寄り、行き先の研究室など必要事項を書いて学内の駐車場に車を停める。内山先生に電話をすると、急用でまだキャンパスに到着されていないということなので、一人で学内を散歩。学内にはあまり人もいない。もっと広いところかなと想像していたが、緑の多い構内は移動に困るほどの広さではなかった。蒸し暑いこの季節、デブが散策するにはつらい季節だが、なんとなく雰囲気はつかめた。



 内山先生も到着し、まずは、今日参加するゼミの主催者秋山先生のお部屋にご挨拶に。秋山先生の書かれた「地域医療におけるコミュニケーションと情報技術」をいただいた。二言三言話すだけで、共通する概念や人名を飛び出し早くも親近感を勝手に持たせていただいた。内山先生に案内され学食に、学食の一つではエスニック料理の期間とのことで、美味しいグリーンカレーを食べる。12時少しまわったところだが学食はあまり混んでいない。内山先生は、ある地方の病診連携にかかわるプロジェクトでの電話がひっきりなしに入り昼食を進めることも出来ない状況。1時近くなってから学食も混み出した。大学のカリキュラムでは昼休みが設定されいないらしく、食事を決まった時間に取ることも出来ないらしい。

内山先生

秋山先生

 私の希望で、環境情報学部の教授、村井純先生の授業に参加すること。彼とは25年近く前、彼が東工大にいた頃彼の研究室に集まるUNIX仲間の勉強会にしばらくの間参加させてもらっていたし、彼の娘さんがかぜの時、往診と称して恩を押し売りしバーターとしてその当時欲しかったプログラムソールをゲットした思い出がある。大先生になった彼の授業に参加するのが楽しみだった。「インターネット」の講座は大きな講堂で開かれていたが、授業の始まる前に内山先生のご紹介で握手、記憶力のとても良い村井先生、そのときの事もしっかり覚えておられた。

 授業の模様はネットで配信されている、13時からの講義では、おにぎりをかじりながらまじめに授業を聴く女子学生や、みな机の上でコンピュータを開いている。MacBook系の多いこと、約半数はいた。我々の仲間以外のところでこれだけ、Macを持っている人間が集まっているのははじめての経験かも。このあたりの話は、アラ還の私でもついて行ける。


村井先生




 授業が終わって、ちょとご挨拶して、さて次はゼミに参加。最初はまだ初歩クラスの学生の前期のまとめとしての発表、最初は子宮頚癌ワクチンの普及にむけて、小学校高学年の母親にどうアピールしていくかというテーマの話題、いわゆる文化系の学生達がまとめた初期段階としてはよく出来ていたと思う。二つ目は間食として生協にセロリを置くキャンペーン、マイナスカロリーダイエットの食材として選びそれをどうやって広げようかがテーマ、学生の乗りで楽しいものだった。



 次のゼミのクラスは上級クラス、最終段階の発表ではないが夏休み前のまとめ、発表者も10人ちかく、発表6分ディスカッション6分。このクラスは私の心をゆさぶった。理由は安全意識の違いかな。このところ数年の私の迷うところ、若い世代(40代前半より前)と私の安全意識の違いがどこにあるのだろうとずっとすっきりする答えを求めているのだけど、この日も若い人たちの意識の違いが私のこころをたたきのめす勢いだった。私の知らない事も沢山出てきた、「
母乳代用品の販売流通に関する国際規準」こんなのあったのだ。私にしてみれば、行き過ぎた母乳崇拝もどんなものかとずっと思っているくちなのだが、世の中こんな状況なのだって。「デートDV」ご存じな方もいらっしゃるだろうが、私にははじめてのことば、デートDVにあったことがあるかのチェック項目をみていて唖然。すべて私にはある、普通の恋愛感情の行き過ぎ。我慢が出来ないところが問題に感じるが、それがDVにもつながる。私にとっては、その我慢の出来ない人間性がどうして作られたかというところに問題を持って行きたいところだが、現実的にそういう人間が多くなった今、原因よりも現実にどう対応しようかというテーマに感じられた。



 どの世代だって自分たちの育ってきた時代や背景を否定しない、もちろん私だってそうだ、だからこそ世代間のギャップが生じるのだろうけど。いろいろ感じさせられた。まだまだ自分の中ではすっきりした答えがみつからない。「若い世代、あなたにとって楽しい事は何なの?、血湧き肉たぎる事ってあるの?、おじいさん(彼らにとってはおじいさんに近い)達は結構燃えているよ、楽しく生きているよ!」って。「だから君たちが楽しいもの、生きているって実感できる瞬間って、、、教えてくれないかなぁ」、押しつけがましいじいさんの意見だろうけどね。

 SFCの学生達、とても気持ちの良い若者だった。男子学生より女子学生の元気なところが目立った。総合政策学部といういわゆる文化系の学生さん達は、Macの保有率は理科系に比べ低かった、上級クラスの男子学生さん、iPhone3GSにiOS4を入れ、Appleの無線キーボードを持ってきて作業しているのが面白かった。

 最後はロチェスター大学助教授の兪 炳匡先生の米国での論文をテーマの勉強会。この会の参加資格は、前もって配られた論文を読んでいることが条件ってことだったのだけど、私には難解な英文で目を通しただけなんですけど、ご好意で参加をゆるされた感じ。参加は学生はおらず、秋山先生の研究室で学位をとられたOBが関東各所から集まっての会だった。内容はインフルエンザのワクチン接種がマスメディアの報道がどのように影響するかというもの。アメリカではTVの内容も文書化されたDBに入っていて、新聞などの記事も含め10年くらい前のものまで検索出来るようになっているとのこと、医療保険のデータと付き合わせて、結果をみたもので、明らかなワクチン接種率を引き上げる効果があったというものだった。これらのデータを集められる環境の違い、日本もレセプト情報や電子カルテの情報をもっと有効利用出来る環境を作らなければいけません。日本では理論的には出来る事が、それらのデータを使えない現状があるので、実用に向けての議論と準備をしなければなりません。

兪先生

 私にとっては、若い人たちに接して、こころ揺さぶられる事がなかなか得られない刺激でした。まだ揺られ足りないというか、世代間の私が感じている問題意識の解決までいたっていないので、また機会があれば是非違ったかたちでも訪れてみいたいSFCの1日でした。



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初島ダブルハンド2010

 今回の初島ダブルハンドレース(HDHR)、ヨットから引退する機会を失った。

 39年間休日のほとんどを海で過ごしてきて、舟は先輩から譲られたものを維持している。他の休日の過ごし方もあるだろう、残りの人生の時間を考えるとこんな想いは数年前から常に頭の片隅に存在した。

 キールボートに乗り始めはNORCのレースに参加、沖縄東京レースにも超下っ端クルーとして参加するチャンスもいただいた。大学卒業後2年間は海から離れる時期もあったがその後は一年を通して、楽しい先輩達と海を楽しんだ。美酒と太陽を思う存分楽しんだ。お楽しみのレースは参加して、気持ちが良い風が吹いていれば走り続け、吹き上がっても微風になっても一番乗りでリタイアして誘惑に素直にしたがい楽しい選択をしていた。

 HDHRに関しては、楽しみメインで参加していたが、レース翌日のパーティーで良い成績をだされる参加者の話をお聞きすると、これは私達の楽しみ以上のものを感じていらっしゃると気づき始めた。

 2004年4月直腸癌の手術をして人工肛門となりテンションがあがり早く社会復帰したい。ちょうど良い目標が6月末のHDHRだった。術後3週間で仕事には復帰、しかしやせ細った体にはちからも入らず、手術の傷も痛く座るのもやっというところからはじめた。勿論クルーは私の16歳年下の親友であるH、彼の力をかり出場ということになった。その年のレースは整備不良で水船となった舟と戦いながら何とか完走は果たしたが次の年への意欲を沸き立てただけでフィニッシュラインを通過した。その年の12月はチームでプーケットのKings Cupへ2度目の挑戦、その前に練習なんてしたことが無かったZephyrチームが素人集団よろしく練習などした。

 それ以後、表彰台の片隅にたたせてもらったり、表彰台にあと一歩というあたりに居られるようになってきた。Hは関西へ転勤して、Japan Cup出場艇のクルーとなり腕も上げてきた。

photo by Katoji


 ここ数年、参加者の意気込みはどんどん増して皆さん優勝を狙っているように見える。今年はスタート海面にそんなヒト達が71艇142人も集まっている。今年はそこそこスタート時刻にも風がある。しかし、我々はスタート時までにテンション上げきれずにいるなかリミット近くでポートで突っ込まざるを得ないポジションとなってしまった。誰が味方になってくれたのかスターボー艇のラインに隙間があきそこへ突っ込む。しかし、3列目くらいでフレッシュな風はつかめない、みるみる周りの舟に置いて行かれる。2分半遅れでスタート。この差は大きいが先は長い。ポートロングの初島へのアプローチ、スタートで先行したレーティングが低い舟も簡単には抜かしてくれない。次からはもっと絡まないで抜く事を考えなきゃいけない。今年は登りの走らせ方が今までとは違う感覚で少し分かった様な気がした。舟の前に行きたい力を出来るだけ邪魔せずにコースを保つことがちょっと出来たような気がした。この季節、南西の風が多いので、初島までポートのロングになることは多い、そしてこの風がまた誘惑的でなかなかタックする機会を与えてくれない。まだ行けるまだ行けると想ってしまう。今回はプロパーから2マイルずれたら考えようとは言っていたのだが、1.5マイル北側にずれた平塚沖くらいでずっと一緒に走ることになる僚艇ジュルビアンがタック。クルーのHからはまだという言葉も出たがこの時点で私達もタック。スターボーのレグは波のよけ方が難しい角度だったがなんとかそのリズムもつかむ。ジュルビアンはラムライン付近でタック、我々は後0.5マイル行こうと決めたが結局1マイルまで伸ばす。タックして10分もしないうちに初島が視認できた。ジュルビアンは同じようなペースで走っている、彼らはまたタックしてきた、私達の後ろをさっきより離れて通過するが私達のラインよりさらに南に向かう。そのうち風がリフトしてきて初島を直接狙えるようになりさらに初島の南側も狙えるほどになる。始めは初島の南をねらっていたが、近づいてきた初島のプロパーコースである北に進路を取った。まだこの時点では先行艇もしっかり走っていて遠回りする意味が分からなかった。

 今回の敗因はこの時点で初島の北側に向けてしまった事だと思っている。初島回航は過去の経験からしても微風で回った事がほとんど、しかし6ノットほど艇速がでている風を受けていると劇的な無風になるのはなかなか想像出来ない。初島の南側から先行艇がスピンを張って出てくる。しばらく走る打ちにやはり初島のドラマは始まった。ヘッダーになり初島北端にもたどりつけないようになってくる、先行艇のヒールもなくなり風が落ちている事が明白になってきているが、我々はここでタックして初島に再度寄せるという判断も下せなかった。下側からカリンが先行しだす、上前方ではアンディアーモが同じようにヘダーをくらっている。初島の北0.2-0.3マイルくらいの位置で突然のカーム。さてこのカームはどれだけ続くのだろう。

 たばこに火を付けても煙は舟の揺れであっちこっち向く。舟も行き足を失い舵がきかない。たばこ2本連続つけたころ弱い風を感じるが舟は前に進んでおらず舵も効かない。「H、ジャイブだー」の声をかけ、メインに裏入れてもらいながらなんとかジャイブ。2挺身くらいしか離れていないカリンさんのところには風はまだないが私達はなんとか滑りだした。前をみると風のあるところ無いところあるが一定していない風をうけて各艇いろいろな方向を向いてクローズで走っていたり止まっていたり。微風の平水で3ノットくらいでポートで走って気持ちは良いがこのままでは島に近づけない。どんな風が吹いてくるか分からない海面、とにかくマークに近づこうとタック。潮がわるい感じ、しかし、風のある打ちに近づこう。目の前に遅れてかつオーバーセイルしてでも南につっこんだジュルビアンがいるではないか。

 島に寄っているいるジュルビアンが低速を落とした、こちらにはまだちょっと風が残っているそこでまたタック、このポートのレグは近くの舟が走っていないのに我々だけ伸びた。50メートル離れるともう風が違う、潮も違う。初島回航は難しい。島の西側では近づきたくない。以前、島に近づきすぎ、潮と風にめぐまれず、20艇くらいに一気に抜かれた苦い思い出が蘇る。島からちょっと離して先行艇もそこそこ走っているラインでスターボーに。伊東港からのHDHRへの応援艇が楽しく舟を飾り付けて走り回っている、ありがたいのだけど、こっちはピリピリしている最中だ、軽くご挨拶と写真を数枚撮る(いいのかこんなことしていて)。今年は島に寄せた舟もそこそこ走っている、カリンにジュルビアン、ああやられそうだ。先行艇、今まで目にしなかった同じクラスの緑のフラッグ。やばい。


photo by Maestrale


 先行はしばらくして判明するが同じクラスでレーティングが低い方から2番目の牛若丸III、我がZephyrは高い方から2番目。南西の風ならこのままスターボーでフィニッシュまでの可能性大、風はときおりアビームまでくる早くスピンを上げたいところだが安定しない。初島Mag 0度は12:28、カームがやってきたのが11:30ちょっと前。1時間で抜けられたのは我々にとってはラッキー。島からちょっと離した牛若丸はスピンがあがった。我々はまだちょっと厳しい。よし、スピンアップ。強風予想して用意したヤーンの毛糸が切れない。それでもマストトップのスピンの大きさに物言わせて毛糸も切れセット完了。大回りした牛若丸、近回りしたジュルビアンに先行される。牛若丸も簡単には抜かせてくれない。下から抜くほど風もなく、ラフィングマッチを何回か繰り返して上突破させていただく。しかしこのやり取りも結果としては問題の一つだった感がある。ジュルビアンにも先行させてもらい、ひたすらゴールを目指すが。オンコースだと、Hから「ノープレッシャー」の声がたびたび繰り返される風域、ラフしたりもどしたり、はるか先行しているO&Sの大きなスピンがコースの目安になるがなかなかそこまで落とせない。牛若丸とは10分離さなければならない。だんだん小さくなってはいくが頑張らねば。今回、クラスが違うジュルビアン、一度離したのだけど、やはりあちらの方がレーティングは上、じわじわ近づいてきた(ほんと初島ダブルハンドレーティング、いいとこ突いている)。今思えばもうちょっと離して抜いてくれれば、なのに、クラスの違うジュルビアンと5,6回ラフィングマッチをしていた。結局諦めて先行していただいたが選択を間違った一つだ。

 後半は風も少し上がってきた、デッドランに近いコースだが、なんとかフィニッシュに向けることが出来る。この風のなか、ダブルハンドで勇気一発のジャイブもあり得るかもしれないと思ってはいたが、結局はジャイブ無しでフィニッシュ出来た。後ろをみると牛若丸のスピンは1マイル以上は離せた感じ、10分開く事ができたかな?、


phoro by Kroji


 時計を確認する間もなく緊張してフィニッシュ、本部船は大揺れに揺れているあれに長時間乗っているのは大変でしょう。ご苦労様、なんとか最後の大仕事、スピン回収も無事に終えると後続艇もどんどん入ってくる、牛若丸はまだフィニッシュしていない。思っていたスピンの舟が牛若丸かどうか確認して、この時点では10分以上離していたと思っていた私達、この時のためにだけ持っていった生ビールと氷でのどを潤す。「旨いっ!」



 バースにはゼファーの仲間が舫いを取ってくれる、先行して入ったアンディアーモさんも呼んで生ビールで盛り上がる。ひょっとしたら行けたかもしれないという思いにだんだんなってくる。ZMYCのスタッフもなんだか成績に関しては口が堅い、微妙な微笑み。ますます良い方に考えてしまう。酔った私達。つかの間の至福の時は夜中まで続いた。結果を知っている周りの人間は、ぬか喜びの私をどうみていたのだろうねぇ。

 夜中、逗子に街からもどってくると、成績表が張り出されていた。かなり酔っぱらっていた私は、その成績表を一瞬理解できなかった。

 あぁ、10分離せていなかったのだ、8分45秒しか。結果CTで37秒負け。惜しいけど大きな負けです。喜んだ分当然がっかり、オリンピックで銀メダルをとったヒトの悔しさが分かった気がした今回でした。今までのレース結果の2位とは違う想い。

 一夜明けて、パーティー会場、この時間が良かった。牛若丸IIIのお二人とお会いして、力強く握手が出来ました。参りました。

 クルーM子の作ってくれた、美味しいサンドイッチ(Zephyrの飯は旨いのです)をほうばる時間も考えるようになる私達。永年乗ってきてやっと今になってレースの細かな事が実感として理解出来るようになってきた。いつもクラス中2/3の成績を取ってきた私達が上位と絡めるようになってきた。船齢22年のFRPボート、毎年いろいろな所が壊れていくけど結局また来年までいろいろ整備しながらこの時期を迎える事になるのでしょう。来年は還暦セイラー、いろいろ頭をよぎることがあってもまだまだ辞められないなぁ。

 ちょっとこの文章書く元気がなくなっていたのだけど、スミちゃんのブログを読んで書く力がわいてきました。いつもスミちゃんのブログには元気をもらう有り難う。

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一眼カメラでのビデオ

 12日、武ちゃんの撮影にいらしたプロカメラマン(撮影・演出)の入船さんが持っていたかめらが、EOSの5D MarkII だったのには驚いた。同じカメラでビデオを作っていた私としてはいろいろ興味津々。EOSでハイビジョンの良い絵が撮れるのは実感していたが、それを職業カメラマンとして現場で使用するってことはプロらしいチャレンジをされていた。
 まず一眼レフのカメラでビデオを撮るってことだとミラーがあがった状態でとるので、写真を撮るときのオートフォーカスは効かない。おのずと手動でピントを合わすことになるのだが、2.5インチのディスプレーで老眼の私には無理って感じ。それを可決するのが、ディスプレーを光学的に拡大表示するファインダー。これを覗けば、明るいところでもピント合わせもOKだろう。
 二つ目はやはりどうハンドリングかだけど、肩乗せで安定するカメラマウントを使っていらした。前後方向の重量バランスをとるために後ろ側にはしっかりウェイトもつくし、肩を前後で挟むかたちで安定させ、ハンドグリップもつく、そうすると自然な形でファインダーが目の前にきて、プロ用ビデオカメラのようなポジションで撮影出来る。
 レンズの作り出す色合いは好みの問題もあるだろうけど、今回、使用されていたのは、Zeissのレンズ(キャノン用のマウントモデルがあるのだそうだ)。もともとAF機構が組み込まれていないレンズなので、AF用のレンズとはフォーカスリングのギア機構がぜんぜん違う。手でフォーカスリングをまわすと感じ取られる動きが器械だなと思わずうなってしまうようなもの。AFようのレンズは、モーターでさっとスピーディーに合わせるのが目的だからメカは人間用ではない。
 触らせていただいた感じはぜんぜん私のとは違うものだった。できあがりの作品を見せてもらうのが楽しみだ。


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iPad と iPhone

ちょっといろいろやってみていましたが、私の作ろうとしているアプリだと、同じコードから両方で動かすソフトってわけにいかないなというのが結論、インターフェースの違いを生かすためには、両者は違う設計にしないとダメですね。
 という訳で、違うインターフェースを採用する方向でプログラム再開かな。

 昨夜は、パワフルな女性二人と会談、会食。新しい刺激を受けました。

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iPadが届いて

 今日、午後になりましたが、iPadが届きました。
 ちょっと最初は興奮しましたが、だいぶ冷静になってきました。まあ、冷静になったとは言え、良いのは確かです。当然のことですが、このデバイスを生かしたソフトを作らねけりゃいけないっていう当たり前の結論が導かれるってことですね。
 Safariからこのページをアクセスすると、iPhoneと同じく、コメントしか書けないのが残念です。十分、出先からでもこの本文を書ける実力があるように思うのですけどね。特に、iPhone OS 4にiPadが対応したら必ずその呪縛から解いてもらいたいなぁ。

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ボタン電池

車のキーロックのリモコンの電池が3,4ヶ月前から切れていて、不便ながらも鍵をつかって昔ながらに開け閉めしていた。結構面倒なんだなこれが、荷物が多い時に助手席側のドアをあけて出し入れすると、助手席側(なんで助手席っていうの?、パッセンジャーシートの方が意味の通りだよね。運転席のとなりのヒトは助手をするわけじゃないもの)の鍵は車全体のドアのロックを解除したり解錠したりはしないので、車の周りを回らないようにするには、車から降りて、運転席で施錠して、助手席に回って解錠、荷物取りだし、施錠ってな事をしなければいけないのだ。まあ、このあたりのシステムの設計は車によって違うだろうけど、私の車はそういうふうになっている。
で、ついに電池を交換することにした。それでヤマダ電機にでかけて同じ型の電池をかったのだけど、なんと一個390円もするのだ、それが2個。780円。まあ、それなりの価値はあるのだけど、世の中の物の値段をあんたは知らないといわれるだろうけど、予想はその半分くらいの値段かと思っていた私です。


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ちょっと前の

昨日から、2,3年前に編集したムービーをみていた。
けっこう良いね、しばらくして見るとという感じ。

まずは、スライドショームービーのこれ

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私のベンチマーク

私の作業環境でのベンチマークをしてみた
コンパイルする電子カルテのソースのサイズは読者の想像にお任せするとして(企業秘密、ほんとかい?)プロジェクトフォルダのサイズは.svnのファイルも含めて、今みたら320Mにもなっていた。

ダントツに速いのは、
MacPro で コンパイル終了まで、65秒
MacBookPro i7 同じファイルをコンパイル、150秒
MacBook Air初期型 調べようと思い、同じコンパイラーをインストールするのに、それだけでも40分くらいかかる。Xcodeでプロジェクトを開くと、普通バックグラウンドでユーザにストレス感じないレベルで行われる処理がCPUの140/200くらいかかる処理を延々と行う。これじゃ話にならないということで、この一連の処理が終わるまで待ち、Airを再起動して、すっきりいけるかと思ったら、またプロジェクトをひらいたら、同じことの繰り返し、いまそれもやっと終わったので、コンパイル開始してみよう。
結果、780秒。(好条件を待っての数値)、立ち上げてすぐコンパイルすると2000秒くらいかかったこともある。
こういう作業を繰り返していいるってことだから、速いコンピュータに投資するのは、私の残る時間は、若いプログラマーとは違うのだから、価値があるってことだ。
今日は、ある雑誌の記者さんたちが、夕方、来て下さり、私の暴言を許してくれながらも楽しい時間をすごした。

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物欲が到着

新しい、MacBook Proが到着した。まあ、満足いく速さだ。だって、最近は、ノートの上だけで暮らす人が増えてきているはずだから、この上ですべてのことができる環境が欲しいはずだしね。
 今、やっと、Bookのキーボードをたたいてこの記事を書いている。今までは、Remote Desktopでつないで、いつもデスクトップからいじっていたから、別に新しいものが来たという印象もあまりなかった。いつものキーボードに比べると、Bookの上に手首が置かれている分角度がちょっと違うのでやりにくい。Airは本体自体が傾斜しているので、Bluetoothのキーボードとあまり違和感ないのだけど、MacBookはだいぶちがう。それが一番の印象かもしれない。スピードは申し分ない、Airの遅さを強く感じるくらい速い。
 私がこのコンピュータでまずやったことは、
  • Xcodeのインストール
  • ATOK 2009のインストール
  • svnサーバにつなぐための設定
  • MySQL, PostgreSQLのライブラリのインストール
  • MySQLは32/64のバイナリーのパッケージがないので、開発マシンで設定している状態のままにするためそれをコピー
  • 久しぶりのPostgreSQLのインストールはネットからひろってきたのが、32ビット用のものだったので、32/64/ppc用のユニバーサルになったクライアント用のパッケージをインストールして、開発マシンと同じになるようにシンボリックリンクをはった
  • svnサーバからチェックアウトしたファイルで問題なくコンパイルもできる。速さは満足、しかし、i7が8CPUで動くと思っていたのに4CPUでしか動かない(何か設定すれば変わるのだろうか?)。とりあえずは速いからよしとしよう。

さて、このあとはどうしようかな?、OpenBaseもライブラリもってきただけでインストールしていないがいずれやらなきゃならないね。

この環境なら、開発マシンとしても十分とはいえないが、かなりの事はできそうだ。画面の広さは15インチとしてはまずまず、使えるマシンです。(当たり前か) 仕事を家に持ち帰ってしまいそう。

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久しぶりの物欲

まあ、日本では、iPadの注文を受け付けていない今日このごろ。

MacBook Proが新しいCPUを載せてきた。i5, i7シリーズ。ある記事によればCore2 duoの終焉を確定するCPUだとのこと。私にとってCPUに一番負荷をかけるのは、program edit, comple, debug, compleの周期。multi CPUはコンパイルの並行処理に威力を発揮する。普段デスクトップで使っているのは論理上16CPU、コンパイラーの進歩もあって、素晴らしく速い。なのにそれを初期型のAir Macに持って行くととなんとも遅いのだ。そんな事を感じていたとき、i7シリーズは、論理上8CPUとしてうごくとの事。コンパイルはマルチスレッドは有効だが、CPUへの負荷はそれほど高くない、ゲームするなら消費電力、値段からしてi5シリーズでよいのだろうけど、私の場合はi7と勝手に結論づける。
MacBook Proが出た当時、あのぎらぎらするディスプレーは私の趣味ではなかった。いつの頃からantiglareなディスプレーもオプションで選べるようになった。また、速度的に興味のあるSolid state driveも適当なものがそろうようになった。キーボードは勿論、USタイプ。
ということで、自分への言い訳は、それがBook Airで無い点だけだ。アップルの犬として、いままでMacBook Proを買わなかったのだから、犬らしく、物欲に負けることにした。
ただし、メモリーもと思ったが、経費としての扱いをオーバーしてしまうので、その点は自粛。しかしねぇ、こんなに高性能なものがこの値段で買えるとは。オプションでの設定が多いので、今週末には間に合わないだろうが、来週末は、私の周りの人たちは、アップルの犬の自慢話を聞く羽目になる。



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とりあえず一段落

 2010年の4月の医療制度改定(今回は外来は電子カルテ上の変更は軽微)とWineGamayの一応の決着で。今日は午後からちょっと手持ちぶさた。ソフトは生もの、どうせ1日もたたないうちに次に解決しなければならない問題が浮かびあがる。
 午後、時間があったので、ちょっと仲間内で話題になっていた、医療関係のWebで電子カルテが話題になっているところを覗いてみまた。一般の医師の間ではまだまだこれからだなという感じ。いざ導入しようとなると、値段の問題と、使ってみなければ実感出来ない、ソフトの使い心地、サポートがどうなっているのかなどなど、導入前の不安要素は多いようだ。

 スポーツカーのような電子カルテというコンセプトをたてたのは随分前のことなので、今でもそれで良いのかは自分でも疑問なところはあるものの、診療時間ずっとパートナーとなるソフト、一番長い時間を一緒にすごすソフトは、やはり、美しく、速く、慣れ親しんで行くとともにその性能を自分の技量とともに高みに連れて行ってくれるものでありたい。そして、ちょっぴり危険なにおいがする(笑)。そう思えば、このコンセプトも未だに外れてはいない。

 高価な車を手に入れても、1日に2時間乗れる環境で生活するヒトはほとんどいないだろう。それに比較して最低でも3,4時間。多ければ10時間近く一緒に過ごすことになる電子カルテだ。そのあたりをよく考えて導入されると嬉しいですね。

 今回の目玉はScript Word Panelかな、ビジュアルに部品を組み立ててユーザの要求を満たす道具、まだまだこれから発展するだろうけど、その枠組みが出来たところだ。
 マイナーバージョン番号は763。製品化にとりかかった頃が370くらいだったから、延々と続くこのみちも、1000を超すのもそう先の事ではないだろう。同じソフトにずっと携われるのは幸せな事だ。

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Wine Corkダウンロード可能に

 WineCorkが今朝からapp storeからダウンロード可能になっていました。Appleの審査通ってというプロセスを通過したので、ちょっと感激ではあります。WINE STYLEそのものよりもソフトは簡単なのですけど、手続きがちょっと大変だった。だって、事務的な契約手続きを英語でって感じなので、私にはハードルちょっと高かったです。

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Soldier Of Love

 アマゾンからのセールスダイレクトメイル、普段は反応しないのだけれど、Sadeの久しぶりの新しいアルバム「Soldier Of Love」、思わずクリックしてしまった。3日に発売ということだが、昨夜発送で発売当日の昼前に届いた。
 買って良かった一枚かな。相変わらず、Mixingも最高で、私自慢の高級イヤホーンの性能をいかんなく発揮してくれる。最大音量にしても音のくぐもりが無い。仕事のお伴のBGMとして、私をこれからも助けてくれそうだ。


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Aperture 3

Apertureの新しいバージョンを使ってみた。多量(4万枚)の写真を新しいバージョンに移行するのは時間がかかったが、部分焼きなどがブラシ感覚で出来るようになったのは嬉しい。

この写真をちょっと加工してみた



レンズのフレアーを消して、ヨットのセイルを覆い焼きした。

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風花病棟 読んで

 箒木蓬生さんの短編集。1947年生まれの作家で精神科医。無料で送られてきた医学雑誌の巻頭のインタビューで紹介されていた。なにか惹かれるものがあったので、一冊読んでみたくなり、Amazonで取り寄せた。
 風花病棟の帯にかかれているのは、「壊れそうな医者の心を、患者が救うこともある・・・・」十人のドクターと患者たちがおりなす はかなくも美しい人生の輝き
 って内容。
 読み進むうちに、私も医者の端くれなんだなぁという思いになった本。
 最終話の「終診」は、70歳で引退を決意した医者の話、研修医の頃、看護婦から受けた言葉をずっとよりどころにして現役を通した話で、私も研修医になった頃の看護婦さんから教えられたことを思い出し、じわっと涙がでた。

 まあ、その涙が、爺くさい。さらっとした涙じゃなくあとがねとっとしていんだよね。人生の終盤をどう送るのかって言葉にはならないけど感じさせられた作品だった。


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iPad シュミレータ

 iPadのキーノート・スピーチを見た。なにより、Jobsが元気になっているのが嬉しかったなぁ。健在って感じ。

 で、今日から、iPhone SDK 3.2が使えるようになった。3.2とはiPadの開発環境ってこと。早速、Wine Cork(電子カルテのiPhone版)をコンパイルして使ってみた。まだiPhoneアプリとしてだけど。iPadの中で見事に動いてくれた。WiFiモデルの発売が60日後、+3Gのモデルが90日後ということだから、それまでにも、アプリが作れるってことだね。今までなら今日から発売という発表が多いのだけれど、まあ、私にしてみれば開発環境があるのなら、何日でも待ちますよって感じかな。
 いよいよ、ASPでデータベースを提供して、iPad電子カルテなんて世界になりそうです。

iPhone アプリは2倍の大きさでも表示出来るってことだ。




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今までやってきた事、無駄じゃない!

 Cocoaと最初から付き合っていた私、最初はいろいろな機能がなかった。rtf(リッチテキストフォーマット)の文書からhtmlへの変換機能などなかったら、自分で作ってやっていた。それが役にたっていたから、他を見渡さなかったのかもしれない。rtfにしろ、CocoaがTigerになった頃からいろいろパワーアップされてきていたのを、調査不足だったんだねぇ私。
 昨日、その3年ほど前からサポートが開始されていた機能があるのを発見した。これだけでも結構ショック!、その新しい機能を加えたrtfのテキストだと、自分の作ったものだと、サポートしていない。さて、、、と思っていろいろ調べてみた。そうしたらCocoaがrtf <-> htmlの相互変換をサポートしているではないですか。またまたショック!
 考えてみれば当然だともいえる、システムの進歩。リリースノートをまじめに読んでいなかった私が悪いのだ。まあ、でも、それらの機能をまがりなりにも自分で研究して実現してきたのは、良い勉強になったのだと思いましょう。
 明日の午前3時にはApple Tabletの発表もあるらしい、噂によれば、iPhoneの時と同じで、しばらくは日本では発売されないという話もある。ちょっと先になっても良いでしょう、まだまだ今やらなければ行けない事が山積みだから。
 時間に余裕の無いというのも良いことなんだろうと思いましょう。
 誰かが苦労して書いたマニュアル、知らせたい事があるから書いてるんだから、読んでいない私が知らないのは、私の問題だ。何度も同じ反省しているのだけどね。

 手ぬぐいかぶって見ました

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自分たちだけが良ければ

 日本人って、いつから自分たちだけが良ければって態度を平気で出せるようになったのだろうか!
 そんな人たち、ちっとも素敵ではない。

 twitter発言でもよいような事だが、残しておきたい感想。

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Snow Leopard ServerのDNS

Snow Leopard Serverで、DNSの設定に苦労したのでまとめておく。
 環境として、Snow Leopard Serverは、ルータの内側に置かれているが、サイトのDNSのPrimary Serverにもなっている。

 SNS(Snow Lepard Server)をクリーンインストールすると、インストールを終わったセットアップの段階で聞かれる、マシン名とドメインの情報がSNSのLDAPv3が参照する基本アドレスになるので、このアドレスを後で修正することは出来ない。私の行った設定に必要な条件は、内向きのDNS, AFPによるユーザのホームディレクトリの共有。外向きのDNS、WebServer, Mail Serverなど。

 最初インストールして失敗したのは、上記のセットアップ段階の設定で外向きドメイン側のドメイン情報を登録してしまった事で細部でいろいろな矛盾が生じてしまった。SNSをインストールするマシンには、ローカルなアドレスしか振られていないが、ルータから、このマシンに対して、外側のアドレスで呼ばれたパケットを転送して処理するようにしている。

 結果的には、セットアップ時のドメインの設定は、ローカルな設定だけを考え、host.privateという設定にした。こうしたのは、example.comまたはprivateという記述が入力画面にあったからだ。

 外向きのドメイン情報は、セットアップがすんだあとに、DNSの別なprimary zoneとして設定して、そのソーンを転送可能にすることによって、問題を解決した。外向きのドメイン情報をセットアップの時に設定してしまうと、後から分離するとLDAPが混乱を起こしてしまう。セットアップで設定した情報をLDAPは基本としてくみ上げるので後での変更は無理ということ。このあたりが、サーバの構築の難しい所になってしまう。

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